2012年5月 4日 (金)
意識回復(2)
連休後半最中ではあるが、相変わらず交通事故等が多発している。先だって七年前の福知山線脱線事故の慰霊祭が行われた。同じく七年前の4月末に私自身の奇跡の回復は前にも触れた通り。振り返れば、仕事で要らぬ神経をすり減らし、溜まったストレスを酒で紛らわし、挙げ句の果ては食事の不摂生と睡眠不足。生死の境目を彷徨った後、奇跡の回復!さて、目が覚めた時に思ったこと、気づいたことが本日の本題・・・
5月 4, 2012 心と体 | Permalink
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2012年4月28日 (土)
きょうは主権回復の記念日
自民党は日本国憲法改革草案を発表しました。立党時に精神は「自主憲法制定』でした。立党以来57年。まさに戦後レジュームからの脱却です。是非ご一読ください。
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/116666.html
4月 28, 2012 政治 | Permalink
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2012年4月22日 (日)
意識回復(1)
7年前の今日。慶応大学病院のGICUで自らの意識回復。私のとっては2回目の誕生日。所謂「復活記念日」になったわけです。意識回復までの間、いろいろな夢を見ました。中でも印象に残っているのが家族を始め、兄弟親戚、友人知人が登場する夢と、長く暗いトンネルを必死の抜け出そうとしてもがいている夢。さらには限りなく青い海と空が広がる中に亡くなったはずの母が笑みを浮かべている夢。まさに生死の界を彷徨ったのです。後に気づいたことですが、その中で興味深いこと・・・(続く)
4月 22, 2012 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2012年4月 5日 (木)
七年前の奇跡に感謝!
7年前の今日午後。慶應大学病院に救急車で搬送。救命救急室で心肺停止。即集中治療室(GICU)での献身的な治療。三日間の危篤状態。3日目夜、”奇跡”の血圧回復。一命は取り留めたものの、未だ危険な状態に置かれ、一ヶ月間にわたる集中治療室での懸命な治療。そして、一般病棟での二ヶ月入院。リハビリ。病因は過度の飲酒と食事の不摂生による多臓器不全でした。
4月 5, 2012 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2012年3月11日 (日)
東洋大柏原選手、被災地への思い。
先日、私の会に来賓で見えた長島忠美衆院議員(東洋大学理事長)のお話。
東洋大学の駅伝チームキャプテン柏原選手は東北被災地の出身。昨年、苦渋の涙を飲んだ箱根駅伝の後、発生した震災直後本人は次期(今年)箱根駅伝の優勝をあらためて誓う。
柏原選手曰く、「被災地の復旧復興にかかる時間は10年単位。そんな被災地の皆様の苦労と、私が箱根で走る時間は僅か1時間足らず。比較にならない。心中苦しくとも必ず走り抜いて優勝を勝ち取る。」
この言葉が柏原選手の人格。監督はそんな彼を評価してキャプテンに任命したそうです。そして、今年の正月箱根駅伝は東洋大学の完全優勝。見事としかいいようがない。立派な柏原選手にあらためて拍手を送りたい。
3月 11, 2012 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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中野中央中さようなら、そして感謝!

昨日、母校中央中学校のお別れセレモニー。平成26年に中野九中と一緒になって中野中学校に生まれ変わります。思い出深い母校の校舎校庭体育館を今年4月から始まる解体工事を前にもう一度この目に焼き付けておこう。そして、最期のお別れセレモニーを開こうということになった次第。
わずか一ヶ月前の呼びかけにもかかわらず、500名を超す卒業生が大集合。画像に映っている風船をセレモニー最後ブラスバンド部演奏の校歌に合わせて大空高く飛ばしました。曇り空ではありましたが大空に飛び立った瞬間。気づくと何故か私の目に涙。画像におさめることも出来ず感慨深くしっかりと目に焼き付けました。いつまでも忘れられない瞬間。感激でした。
中央中学校さようなら。そして数えきれないほどの思い出と友情を私に下さりありがとうございました。感謝!
http://www.youtube.com/watch?v=Ku2Snb2oMMk&feature=related
3月 11, 2012 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2012年3月10日 (土)
「タバコ狩り」読後感
「あとがき」から・・・
「人間は健康で安心に生きられればそれでいいというものではない。徹底的に管理された動物園の檻のような社会の中で、子どもたちの不登校やいじめ問題、鬱病が蔓延していくのは当然。私は刺激のない人生、危険のない人生、そんな中で動物園の動物のように徹底的に管理されて生き続けていくのは困難。そして、そんなところかは、自由も文化も生まれてはこないに違いない。」
このあとがきから、現代社会に潜む管理権力がむき出しになった都会への筆者の警笛と受け取った。
3月 10, 2012 書籍・雑誌 | Permalink
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2012年3月 2日 (金)
「タバコ狩り」室井尚著、平凡社新書

タバコがこんなに嫌われるのは何故なのか?健康のためだけなのか。中野区は分煙活動に力を注いでいるし、議会でも先日「分煙活動を推進するたばこ議員連盟」が結成された。タバコ嫌煙の原因の探るためにこの一冊を選んだ次第。
3月 2, 2012 書籍・雑誌 | Permalink
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2012年3月 1日 (木)
「成熟社会の経済学」(岩波新書)読後感
高度成長社会と成熟社会の経済に対する相違点。また成熟社会になっているわが国の国民の意識改革にも警笛を鳴らしている新書。文末「おわりに」の中に挿入されていた、19世紀イギリスの分郷チャールズディケンズが書いた『クリスマスキャロル』の主人公、スケルージを現在の日本に重ねているところが印象に残る。
3月 1, 2012 書籍・雑誌 | Permalink
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2012年2月27日 (月)
司馬ワールドはさて置き。

「成熟社会の経済学」小野善康著。昨日の反省を込めて、やはり司馬遼太郎は控えることにする。心地よい司馬ワールドに浸っていると、つい居眠りが出てしまうので、この本から読み始めることに。お金の亡者になってしまった日本人。デフレ脱却の近道は貯蓄ばかりに目を向けず、様々な楽しみにお金を使い人生をエンジョイすることだ。とのこと。自説を展開するこの本。結構引き込まれます。読後感は後日のお楽しみ。
2月 27, 2012 書籍・雑誌 | Permalink
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2012年2月26日 (日)
読書評1
きょうから、と言うよりも、今週から3日に一度くらいのペースで本を読む努力をすることにした。何故?と言えば至極簡単明瞭で、最近めっきり読書というものから離れていた自分に気づいたからである。早速だがきょうから一冊をまず選ばなければならない。そこで本棚に目をやると飛び込んできたのが司馬遼太郎。そこで、暫くぶりに司馬ワールドに浸りながら、一作読破するたびに読書評をここに記すことにする・・・さて、いつまで続くやら心配の船出ではあるが出航!!
2月 26, 2012 書籍・雑誌 | Permalink
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2011年11月18日 (金)
粕谷茂先生のこと(2)
昭和50年新進気鋭の代議士、粕谷茂先生が先頭に立って戦ったのが4月の都知事選挙。美濃部再選を阻止しようと自民党が推薦した候補者が現知事の石原慎太郎氏。選挙期間中、中野駅南口にて行われた街頭演説会。候補者は自民党の街頭宣伝車に乗車して乗り付ける段取りでしたが、到着までの間、前座を一人仕切ったのが粕谷先生でした。未だ宣伝車の無い路上に一人マイクを握り推薦演説をしていた姿は今でも私の脳裏に焼き付いて離れません。
11月 18, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年11月13日 (日)
故・粕谷茂先生のこと(1)
粕谷茂先生が10月21日未明亡くなった。85歳の生涯であったが市川家、特に亡父と親交の厚い方であった。ここに粕谷茂先生の思い出を私なりに綴っておきたいと思う。
昭和47年12月。当時中選挙区の東京第四区で一人の新人代議士が誕生した。それも全国選挙区開票終了後最後残った一議席を射止めるという支援する側からすれば薄氷を踏む思いの選挙結果であった。誕生した新進気鋭の代議士が粕谷茂先生であったことは歴史の一ページに残っている。また私の記憶の一ページにも鮮烈に残っている。
11月 13, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年10月20日 (木)
余計なお世話
昔(昭和30年代〜40年代前半頃)の人付き合いというものは実に丁寧であったような記憶が私の中には残っています。例えば近所付き合いしかりです。
隣の留守番を預かったり、隣に食事のお裾分けをしてあげたり、もらったり、子どもを預かり育て、はたまた家族同様に互いの心配事を相談し合ったり。熱い熱い人情と言ったものが介在していたのです。
今では余計なお世話。と言われるようなことが日常において当たり前の時代があったのです。昔に戻れとは申しませんが、「地域支え合い」とか「地域コミュニティ」とか言葉こそ違っても人と人の繋がりを求めるのは世の常です。
「絆」があらためて見直されている今こそ、余計なお世話をしようではありませんか。
10月 20, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年10月19日 (水)
小冊子(6)続き
がんの原因はさまざまです。細胞分離の際のコピーミスが基本なので、放射線以外の、老化、タバコやお酒、ストレス、不規則な生活習慣も原因になるのです。100ミリシーベルトの放射線を受けた場合、放射線によるがんが原因で死亡するリスクは最大に見積もって、0.5%程度と考えられています。
現在、高齢化の影響もあり、日本人の二人に一人は(生涯のどこかで)がんになり、三人に一人はがんで亡くなっています。つまり、がんで死亡する確立は33.3%です。放射線を100ミリシーベルト受けると、これが33.8%になることを意味します。
比喩を使って説明します。人口1000人の村があれば、そのうち333人は、放射線がなくても、がんで死亡します。この村の全員が100ミリシーベルトの放射線を被ばくすると、がんで死亡する人数が、338人になるだろう、ということです。
以下次回に続く・・・
10月 19, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年10月18日 (火)
小冊子(6)リスク判断の基準。
放射線の人体への影響として、第一に「発がん」があげられますが、放射線によるがんと放射線以外の原因によるがんを症状で区別することはできません。
放射線ががんを引き起こすかどうかを知るためには、放射線を受けた集団と、放射線を受けなかった集団、この二つに集団を比べて、発がん率の違いを調べます。
原爆を乙かされ大きな被害を受けた広島・長崎の被爆者を長年調査した結果、100〜150ミリシーベルトを超えると、放射線を受けた集団の発がん率が高くなることがわかっています。100ミリシーベルト以下では、発がん率が上昇するという証拠がないのです。
小冊子(6)は次回に続く・・・
10月 18, 2011 | Permalink
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2011年10月11日 (火)
五輪で復興
昭和39年の10月10日から始まった東京五輪。戦後廃墟と化した東京の街が蘇った瞬間でもありました。戦後復興の力の結集を図り立候補した当時に先人の尽力に敬意の念を抱きます。首都高速、東海道新幹線、道路整備、都市ホテル建設、英語に入った道路掲示板設置、下水道整備、等々賛否両論あるものの現在の東京の街の骨格を築いたことに間違いはありません。関東大震災直後震災復興の立役者は後藤新平。戦後復興の立役者は東京五輪と言っても過言ではないでしょう。
東北大震災からの復興に2020年五輪に立候補した東京。再び五輪により蘇るわが国の姿が楽しみです。是非五輪誘致。射止めていただきたいですね。
10月 11, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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2011年9月28日 (水)
定例会
年4回開催される定例会。きょうから第三回定例会が始まります。決算の審査を主にしますが、平成22年度決算審査では繰り越し明許費、債務負担行為など、翌年度にまたがる予算執行についてのあり方についてたずねてみようかと思ってます。大規模工事が続く中野区政ですが、単年度会計主義を原則にしている自治体予算。大規模工事などは工事期間も長く、イレギュラーなことがたびたび起こる可能性が多分にあります。担当部署の進行管理の問題もしかりです。
9月 28, 2011 日記・コラム・つぶやき | Permalink
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